オプトジェネティクス(Optogenetics) ~光遺伝学~
たとえば、光を使って認知症などで失われた記憶を取り戻す。そんなことも夢ではありません。そのために光を使って脳回路の仕組みを解き明かす、光を使って記憶の仕組みを理解する。それを可能にするのがオプトジェネティクスです。
さらに、網膜疾患で目が見えない人たちの視覚を取り戻す。難聴の人たちに音を取り戻す。こんなことまでオプトジェネティクスでできてしまうのです。
オプトジェネティクス (Optogenetics) とは「Optics」と「Genetics」を組み合わせた造語であり「光遺伝学」と訳されます。特定の細胞や生体組織などに光に応答するタンパク質を導入し、外部から光を照射することにより生命活動を「光で操作」する画期的手法です。例えば微生物型ロドプシン等の光受容型生体分子を生物の標的細胞や標的組織に導入することで、本来光には応答しない生命機能を光で操ることが可能になります。光操作の優れた点は、(1)時間分解能、空間分解能に優れていること。つまり、ミリ秒、ミクロンスケールといった瞬時かつ非常に局所的な標的生体分子、細胞部位における操作を可能にします。(2)容易にオン、オフが可能で、標的への特異性が高い。つまり迅速なスイッチングができ、かつ副作用が少ない、などが挙げられます。
オプトジェネティクスは、それまでGFP(緑色蛍光タンパク)等を用いた生命現象の“可視化”目的の光を利用した研究から踏み出し、生命現象を“光でコントロール”する新たな学問領域です。特にチャネルロドプシン分子の発見以来、細胞膜内外のイオン透過を光操作する方法が確立され、神経科学の分野において光による神経興奮(脱分極)、興奮抑制(過分極)のためのツールとして利用されることでこの分野の研究に大きく貢献しています。また神取研究室が発見したナトリウムポンプ型ロドプシン(KR2)も神経細胞の過分極ツールとして応用されています。
そしてオプトエネティクスはこの10年余りで目覚ましい発展を遂げており、今や神経科学領域だけでなく幅広く生物の光操作、光制御のために使われる手法としてとらえられるようになりました。
本研究室ではオプトジェネティクスにおいて威力を発揮する光受容型生体分子の特性を明らかにし改良を加えることで、より有用性の高い分子(オプトエネティクスツール)の開発を行っています。
特に近年では、チャネルロドプシンやイオンポンプ型ロドプシン等のイオン輸送性光受容体に加え、酵素型ロドプシンや光受容型アデニル酸シクラーゼ(PAC) と呼ばれる光スイッチ型酵素分子の分子機構を明らかにし、オプトジェネティクス応用への貢献を目指しています。酵素型ロドプシンとは光を照射すると酵素活性を発揮する今までにないロドプシンの仲間です(下図)。例えば、光受容に伴いサイクリックヌクレオチド (cGMP)を合成する、光スイッチ型グアニル酸シクラーゼ(Rhodopsin-GC, BeGC1) が2014年に菌類から発見されました。逆に光でサイクリックヌクレオチド (cAMP, cGMP) を分解する分子 (ロドプシン フォスフォジエステラゼ、Rh-PDE) は私たちの研究室が2017年に世界で初めて報告しました。これら酵素型ロドプシンを哺乳類などの細胞へ発現させることで、光照射による細胞内シグナル伝達操作が可能になります。 また、2018年に世界に先駆けて報告した新型光受容体であるヘリオロドプシンも、新たなオプトジェネティクスへの貢献が期待されます。
参考文献
Luck, M., Mathes, T., Bruun, S., Fudim, R., Hagedorn, R., Tran Nguyen, T. M., Kateriya, S., Kennis, J. T. M., Hildebrandt, P., and Hegemann, P. “A photochromic histidine kinase rhodopsin (HKR1) that is bimodally switched by ultraviolet and blue light." J. Biol.Chem. 287, 40083–40090, 2012
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